久賀島にある「牢屋の窄殉教記念教会」
ここは「五島崩れ」の歴史を刻む場所でもあります。
キリシタン弾圧の歴史「牢屋の窄事件」
1868年(明治元年)、久賀島内の信徒たちが捕らえられ、残酷な責め苦を受けました。のちに「五島崩れ」と呼ばれる、五島におけるキリシタン弾圧のきっかけとなったできごとです。
信徒たちは自らキリスト教の信仰を表明したため捕らえられたもので、12畳ほどの狭い牢に200名余りが押し込められたそうです。畳1枚あたり17人という狭さで、横になることもできず、排泄もその場にしなければならないという想像を絶する惨状でした。
その状況が約8ヶ月間も続き、餓えや病、拷問のため39名が亡くなります。その後3名を加えると42名もの信徒が命を落としました。
毎年秋には、殉教者をたたえ五島内外から集まって牢屋の窄殉教祭が行われます。
牢屋の窄殉教記念教会
大通りの一本道を走っていると右側に牢屋の窄の入口が見えてきます。
▼牢屋の窄の入口
▼教会の上にはイエス・キリスト。中は普段閉まっています。
▼牢屋の窄からは久賀湾が見えます。
▼椿の花を描いた石が置いてありました
まとめ
牢屋の窄殉教記念教会
久賀島
交通:田ノ浦港から車で15分
住所:五島市久賀町大開
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